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動ける企業が一番強いんです。

「スポーツを通じて人を育てる」という思いのもと、全国120拠点ものバッティングセンターでベースボールスクールを展開。成長する実感、喜びを多くの子どもたちに伝え続けているスポーツデータバンク株式会社。設立の経緯とビジョンについて、代表取締役の遠藤社長にお話をお伺いしました。

――本日はインタビューに応じていただきましてありがとうございます。まずはじめに、どのような経緯でこのスポーツの仕事を始められることになったのか、お聞かせいただけますか?

大学を卒業したら、プロのトレーナーになりたいと思っていたんですよ。小さな頃から身体も大きかったので、自分の存在価値をスポーツに求めていたところもありまして、大学まではスポーツ一筋でした。在学中に、アスレチック・トレーナーの仕事に興味を持ち、卒業後に資格をとるために渡米したのです。

ところが留学資金が2年半で尽きてしまい・・・アメリカ人の知人を社長にたて並行輸入の会社を始めて凌ごうとしたのですが、さすがに仕事とトレーナーの勉強の両立が難しくなってしまい、日本に帰国せざるを得ませんでした。

ところが帰国後に、夜勤で働くことになった佐川急便の上司から、佐川急便の野球の実業団チームがトレーナーを探しているという話をいただき、この日本で、生まれて初めて野球の世界でトレーナーを仕事にすることが叶ったのです。

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――念願かなったトレーナーの仕事を始められたわけですが、その後、今のビジネスには、どのようにつなげていかれたのですか?

1997年から2002年くらいまでチームトレーナーをしていました。仕事を通じて、第一に思ったのが、この炎天下での仕事は、さすがに40歳過ぎまでは続けられないなぁと(笑)。

その一方で、所属していたチームには、プロになれるレベルの選手がたくさんいたのですが、肩や腰などどこかしらの障害により、実業団に来た選手が多いことも分かったんです。

しかも、詳しく聞いてみると、多くの選手が小学校や中学校時代には既にどこかしこボロボロだったということでした。

これを聞いた時に、アメリカで会社を興した時のような起業家魂がニョキニョキと出てきて、“小・中学校の指導を変えることで、将来の金の卵を潰さないというビジネスはないものか”と活動を始め、今のビジネスに繋がっていったのです。

――そうすると最初はトップアスリートを目指している小・中学生対象のビジネスだったのですか?

現在は違いますが、はじめのうちはそうでした。プロ野球の1億円プレーヤーなどについているパーソナル・トレーナーを、小学生のうちから高校野球やプロを目指しているお子さんにつけてみてはどうか、と着想したのです。

まず、知人から紹介してもらった小学生と契約しました。当時、ドイツ発のサッカースクールが日本でも広がりはじめていて、平日はサッカースクールに行って、週末に少年サッカーチームで活躍するという流れが出来始めていたのです。

私たちは、野球でもそのモデルが出来るのではないかと考え、そのための場所ということで、最初はグランドを借りたり、室内練習場を作ったりしようとしたのですが、結局金銭的にどうしても採算が合わず。。「バッティングセンターで野球スクール」という形で始めることにしました。

実のところ、少年野球の指導ではチーム練習が中心で、バッティングに絞ったようなマンツーマン指導はほとんど行われておりませんでしたので、ゴルフ練習場のティーチングプロのような仕組みが出来れば、「もし自分に息子がいて野球をやっていたら、行かせるよな」と強く思っていましたので、第一号店でも地道にやることができたのです。

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